「Fairy Bang!!」  その@


 西暦2040年。20年前に起こった第三次世界大戦の傷痕残る世界。その世界には妖精と呼ばれる存在が人間と共に生活していた。
 いつから妖精がこの世界に生まれるようになったのか、それは誰にも分からない。ただ、世界を巻き込んだ大戦争の後、自然と妖精は人間の生活に溶け込んでいった。
 戦争から20年、世界は生き残った人々と妖精達の手によって段々とその姿を取り戻してきた。だが乱れた秩序はなかなか回復せず、犯罪者の数は戦争前の数十倍にものぼった。
 そんな中、一つのテレビ番組が生まれた。「フェアリーバング」。増える犯罪者の減少をテーマとしたその番組は、過激な内容と毎回本気の戦いが繰り広げられるという事で瞬く間に人気番組になった。
 今まで何人もの人、妖精が病院送りとなり、稀に死人も出た。それでも、この番組の人気が落ちる事は無かった。


 碧い空の下に、灰色の街がある。巨大な廃墟だ。ビルも店も街灯も車もボロボロになっていて、人もいなければ、犬一匹いない。大規模な空爆の後のように、殺伐としていた。その廃墟を囲むように有刺鉄線が敷かれている。
 そんな廃墟をバックに、スーツ姿の男が立っている。男の前にカメラを持った男がいて、じっと男を映している。
 男はマイクを手にし、カメラに向かって叫んだ。
「さあ、今日もやってきました。フェアリーバング! 囚人と妖精が己の自由とプライドを賭ける究極のエンターテイメント! 実況中継は私、柏木コースケが担当いたします」
 男、柏木コースケは一礼した。そして顔を上げ、更に声を張り上げる。
「さあ、今回の囚人と妖精はこちらだぁ!」
 カメラが横にズレる。そこには細身の男と、背中に羽を生やした小さな女がいた。
 柏木が男にマイクを向ける。全身灰色の服を身にまとったその男は、ほっそりとしていてが、目が異様にギラギラしていた。耳を隠す程の髪の毛はややボサボサで、ワイルドな感じを醸し出している。まるで飢えた狼のようだった。
 柏木がマイクを男に向ける。
「磯辺ワタルさんですね? 窃盗で捕まり、懲役3年。で、今1年目の磯辺ワタルさんですね?」
「はい」
 男、ワタルは小さく答える。柏木はハイテンションのまま言葉を続ける。
「今回、フェアリーバングの出場者に選ばれた気持ちは?」
「願ってもないチャンスだと思ってます。来たからには絶対に逃げ切ります」
 ワタルはきっぱりと答えた。
「素晴らしい答えです。逃げ切れたら2年早く出れるわけですから、やる気も出ますよね」
 柏木はうんうんと頷き、次にワタルの隣でフワフワと浮いている小さな女にマイクを向けた。
「ピクルさん。ピクルさんは今回で5回目となりますが、絶対無敵、逃げ切れる奴は人間ではいないと呼ばれていますね」
「あたり前よ。人間ごときで私に勝てる奴なんているわけないわ」
 小さな女、ピクルは腰を手を当てて高らかに笑った。
 見た目は普通の女と何も変わらない。顔や体付きだけを見れば普通の可愛い女だ。服装もジーパンに白いTシャツとごく普通。だが、身長はワタルの頭程で、背中には半透明の四枚の羽が生えていて、さっきからずっと宙に浮いていた。
「では、今回も楽勝だと?」
「勿論。記録を更新してみせます」
 ピクルはワタルを見た。ワタルは鋭い目でピクルを見ていた。ピクルはその目を余裕の笑みで見返した。
 二人にインタビューした後、柏木はカメラの前に立つ。
「ではここで、今回初めてこの番組を見る方の為にルールを説明しましょう。このゲームフェアリーバングは簡単に言えば人間と妖精の鬼ごっこです。制限時間は一時間、舞台は今後ろに見えているこの廃墟です」
 柏木は後ろの廃墟を指差す。
「出場者の人間、妖精のお二人には今から爆弾の内蔵された服を着てもらいます。この服と時計を身につけ、鬼ごっこをしてもらいます。最初の鬼は妖精、つまり爆破の危険は妖精側にあります。妖精が人間にタッチすれば、爆破の危険が人間側に移るわけです。タイムアップ時、鬼だった方の爆弾が爆発します。殺傷能力は低いですが、かなり痛いです。運が悪ければ‥‥ご臨終です」
 ワタルとピクルに爆弾入りの服と腕時計が手渡される。防弾チョッキのように腹部だけを覆うタイプの服だ。少し重く、中に爆弾が入ってる事が分かる。時計の方は普通のとは違い、1や2と言った数字が刻まれていない。1時間を計る為だけに作られた時計のようだった。
 ワタルは慣れない手つきで時計と服を身につけるが、ピクルの方は実に手慣れていた。
 柏木は言葉を続ける。
「他のルールとして、妖精は上空3メートルまでが限度です。それ以上高く翔んだら失格です。舞台であるこの廃墟から出ても失格です。タッチする際は必ず手で行ないます。他の部分が接触しても、それはタッチされたとはみなされません。また殴るなどの相手を痛め付ける行為は基本的にやっても構いません」
 柏木は言い慣れた感じで説明する。ワタルはくいるようにその説明に聞き入っていたが、ピクルの方は退屈そうだった。
「このゲームに参加する人間は全員犯罪者です。彼らが勝利した際には、全ての罪の免除が約束されます。妖精は基本的に一般人です。こちらには多額の賞金が用意されます。今回は磯辺ワタルさんは窃盗で3年の懲役、ピクルさんは志願者で今回で5回目となっています」
 カメラがピクルに向けられる。ピクルはカメラに向かってブイサインをする。
「犯罪者達をギャフンと言わせたい妖精さん、お金の欲しい妖精さん、下の番号までぜひお電話ください。メール、ファックスも受け付け中です」
 柏木は何も無い所を指差す。おそらくテレビ画面の中では、あそこに電話番号などがかかれているのだろう。
「ちなみにですが、テレビの皆様がゲーム中にご覧になる映像は、この廃墟に取り付けられた150個の隠しカメラでの映像となります。固定型ですので時折映像が乱れる場合もあります。そこらへんはご了承ください」
 柏木は再びカメラに向かって一礼した。

「ではただいまから、フェアリーバングを開始します。人間が走りだしたその5分後に妖精がスタートします。1時間は妖精がスタートしてからカウントされます。では磯辺ワタルさん、位置についてください」
 そう言われ、ワタルは白線の引かれている位置に立つ。そこから向こうに広大な廃墟が広がっている。端から端まで走っても15分はかかる程の広さだ。
 ワタルは息を飲み込み、ピクルを見る。
「絶対に逃げ切ってやる」
「1時間後にも同じ事が言えるか、楽しみだわ」
 ピクルは生あくびをする。ワタルの額に血管が浮き出る。
「妖精の分際で‥‥」
「妖精って言葉を人間に置き換えて、そっくり返すわ」
 カメラがワタルに寄る。カメラに映るワタルはお世辞にもいい顔とは言えなかった。
 柏木が手を上げた。
「では‥‥用意‥‥スタート!」


 ワタルは猛スピードで廃墟の中を疾走した。妖精は空を翔べる。そのスピードは人間の走りよりも早い。ただ闇雲に走っていてはダメだ。だから、ワタルはビルの中に入ろうと考えていた。
「‥‥」
 ワタルはこの機会は願ってもないチャンスだと思っていた。
 金目当てである邸宅に侵入し、偶然居合わせた妖精に通報され呆気なく捕まった。
 誰も殺してもいないし、誰も傷つけていない。なのに懲役3年という刑を受けた。理由は「肉体的に人間よりも虚弱な妖精のいる邸宅に侵入した」だった。ワタルはそれが不服だった。
 刑務所に服役して1年。そんな彼に突然フェアリーバング出場の話が持ち上がった。ワタルはそれをすぐに承諾した。フェアリーバングは限りなく人間側に不利なゲームだと聞いていたが、このままあと2年も刑務所にいるのは我慢できなかった。
 そして何よりもワタルは妖精という存在が嫌いだった。小さいくせに堂々と街を闊歩し、人間と何も変わらない生活をしている。戦争前はいなかったくせに、いつの間にか現われて今では普通に暮らしている。しかも、世間的に守られている。
 その妖精のせいで逮捕された。それが気に食わず、ワタルはこのゲームの参加を了承した。
「‥‥よしっ!」
 ワタルは真ん中でポッキリと折れたビルの中に入った。
 ビル地下の駐車場は酷かった。暗く、コンクリートの柱が折れ、地面にもコンクリートの欠片が散乱している。爆弾が爆発したかのような惨状だった。20年前の遺産なのか、それとも過去にここで爆発した者がいたのか‥‥。
 しかし、今のワタルにはそんな事を考えている余裕は無かった。
「ここなら‥‥」
 ワタルは荒く息継ぎをして、部屋の隅に身を潜める。ここなら奴が来たとしても、絶対に視界に入る。
「‥‥ふう」
 息を潜める。ビル内は暗く静かで、瓦礫の隅で息を潜めると存在すら分からなくなる。このまま1時間、気づかれない事をワタルは祈った。
 ここまで来るまでにかかった時間は5分程。つまり、どう考えても奴は自分がここに入った事は知らない。だったら、チャンスはある。
「逃げたつもり? おにいさん」
 と、その時、ワタルの視界に逆さまのピクルが突然顔を出した。
「! うおっ!」
 ワタルは思わず身を引いてしまう。
「きゃはは」
 ピクルはその場でクルクルと回り、腹を抱えて笑う。ワタルは呆然と踊るピクルを見る。
「‥‥どうして」
「どうして? だって、このビルに入っていくのが見えたんだもん」
「そんな‥‥だってまだ5分しか」
「違うわ。5分30秒よ。30秒あれば、見つけられるわ」
「‥‥」
 ワタルはしばらく呆然としていた。30秒? こっちは5分もかかったのに、こいつは30秒? 嘘だろう?
 ピクルは風のこどくフワッとワタルの目の前に立つ。
「タッチしちゃうぞ」
「うおっ!」
 ワタルは後退りしようとして、足をもつれさせ転ぶ。その様子を見て、ピクルはますます高らかに笑う。
「焦っちゃダメよん」
「‥‥くそぉ!」
 ワタルはすぐに起き上がって地面を蹴り、急いでビルから出る。それをピクルは悠々とした表情で追いかけていった。


 闇雲に、ただ奴から遠ざかる為に走る。無数のビルが目の前に迫る。だが、どこに行けばいいのか分からなかった。どこに行ってもムダのように思えた。

「‥‥くそっ!」
 このゲームをやる前に、色々と資料を読んだ。それよると、今までの勝率は人間が10パーセント、妖精が90パーセントだった。と言う事は妖精側の方が有利だという事だ。そんな事は分かっていた。だが、まさかここまで圧倒的だと思っていなかった。
 どうして囚人がこのゲームに参加できるのか、ワタルは分かったような気がした。人間の勝てる確率は低い。だから、ほとんどの囚人が爆破の道を辿る。それをテレビで見せる事によって、犯罪を抑制しようという魂胆なのだ。このゲームは。
 腹が立つ。自分は所詮踊らせているに過ぎないのだから。だが、もう後戻りはできない。ここまで来たら、何とかして逃げ切るしかない。
 後ろにビクルの姿は無い。ワタルはとりあえず近くの瓦礫の隅に身を潜める。
「落ち着け‥‥落ち着け‥‥」
 ワタルは自分に言い聞かせる。人間が全員負けているわけではない。10パーセントは勝ったのだ。どうやって彼らが勝ったのか。ワタルは懸命に考える。
「‥‥」
 妖精は翔べる。一度タッチされたら、あっと言う間に逃げられてしまう。そうしたら終わりだ。つまり、タッチされたとしてもすぐに妖精が逃げられない場所で勝負するしかない。するとやはり建物の中しかない。幸い、奴はまだ遊んでいる。奴が本気になる前に、決定打を打たなければならない。
「何やってんのよ? 早くお逃げなさいな」
 後ろから声がした。ピクルが瓦礫に腰掛けていた。ニコニコと笑っている。その笑顔がワタルには憎らしくて仕方なかった。
「てめえ‥‥。余裕な顔してんじゃねえぞ」
「実際余裕なんだもん」
「‥‥ちくしょお!」
 ワタルは再び走りだす。しかし、今度は後ろからぴったりとピクルがくっついてくる。
「後50分よ、おにいさん。もっと頑張らないと」
「うるせえ!」
 クスクスと笑うピクルを余所に、ワタルは必死に走った。
 距離は縮まらない。引き離そうと崩壊した店の中や瓦礫の山などを越えたが、大地に足をつける必要の無い妖精にとって、それはあまりにも陳腐な抵抗だった。
「人間って不便よね。力はあるけど」
「黙れって言ってるんだよ! このチビ助!」
「私、妖精の中じゃ背高い方なのよ」
「‥‥」
 ワタルは走り続ける。既に心臓はバクバク鳴っていた。
 と、その時だった。
「あっ!」
 瓦礫に足を引っ掛け、ワタルは膝から地面に倒れこんだ。ザザザッと嫌な音がする。
「イテッ!」
 ワタルが悲痛な声をあげる。右膝から血が出ていた。傷口にはコンクリートの欠片が突き刺さり、血がどんどん滲み出ている。
 ピクルが寄ってくる。勿論、一定の距離を保ったままだ。
「うわ‥‥大丈夫?」
「うっせえ! オメーは俺の心配なんかするな!」
「ひっどーい、その言い方」
 頬を膨らますピクル。ワタルは服の裾で乱暴に傷口を拭くと執念深く立ち上がり、再び走りだす。
 しかし、さっきよりも明らかにスピードが遅かった。走る度に右膝がガンガンと痛んだ。後ろからついてくるピクルは明らかに加減してワタルを追い掛けていた。
 右足を引きずりながらもしばらく走っていくと、再び崩落したビル郡が見えてくる。
「‥‥」
 ワタルは歯痒くて仕方なかった。バカみたいだ。妖精に遊ばれて、それがテレビで全国中継されている。ついさっきまで絶対に逃げ切ってやるなどと息巻いて自分があまりにも滑稽に思えた。
「頑張って、おにいさん」
 ピクルが耳元で囁く。ワタルはそんな言葉に耳も傾けず、ただ走った。
 踊らせているだけだ。一瞬、諦めそうになる。だが、もうキャンセルできない。逃げ切る以外に、幸福な未来は訪れない。負ければ爆破、しかも刑期は一分も縮まらない。
 ワタルは膝から流れる血も気にせず、再びビルの中に入った。ピクルはいったん立ち止まる。
「またビル? 進歩が無いわねぇ」
 ビルの中に消えていくワタルを見つめながら、ピクルはポリポリと頭をかいた。


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